英語をやると言語の見方がかわる

久しぶりの更新です。

いまだにゆるりと英語を継続しております。

勉強をすると、景色の解像度が変わるといわれたことがあります。

いわゆる「勉強」というものでなくでも、例えば知らない人にとってはただの観光客の多い海辺になってしまう松島も、日本三景を知っていればおのずと「松島や ああ松島や 松島や」という言葉とリンクする絶景に代わりますし、町の景色をふと見ても、花の名前、車の名前、建物の歴史など知っていれば知っているほどにただの映像から得られる情報が増えていき、見えている景色がより豊かに変化し、人生の充実につながる。これを解像度が上がると表現したようです。

英語を学んで思うことは、輸入英語を話すときの日本人の舌の位置や、普段なんとなく使用している日本語のなかの日本人ならではの表現の不思議をすごく気にするようになったというところです。これもまた私の見る(聞く?)景色の解像度が上がっているということなのかなと思っています。